
いちばん暗い席で、こちらが一枚撮って見せる。操作をお伝えして、今度はご自分で。写った写真を見た瞬間に、その人の顔が変わります。
「え」と、声が出ます。そのあとに、笑顔が来ます。
この一秒を、マジカルモーメントと呼んでいます。そして、これは運ではありません。作り出せます。何を、どの順で渡すか。それが決まっていれば、担当が誰でも起きます。
多くの接客が、この問いから始まります。応えようとするのは自然なことです。目の前の人が困っているのは、値段のことなのですから。
ただ、価格に合わせて機種を選ぶと、性能が足りないことがあります。そのときの損は、その場では出ません。後から出ます。写真が暗い。動作が重い。数年で買い替えることになる。渡した人は、その場にいません。
安く勧めることは、親切に見えます。だから、問題に気づきにくい。これは誠実さの問題ではなく、知識の問題です。この人にとってどう価値になるかを語れなければ、価格しか語るものが残りません。
その一時間に、驚く場面は一度もありません。
仕様は説明できます。画素数、明るさ、処理の速さ。聞いた人は、たいていうなずきます。理解はされています。
けれど、理解と、ほしいと思うことは別のところで起きます。価値は仕様の中にありません。その人の暮らしのどこが変わるかの中にあります。
言葉は、そこまで運びきれないことがあります。まだ経験していないことについては、特にそうです。良い写真が撮れると聞いた人は、良い写真を想像できません。自分が撮った良い写真を、まだ見ていないからです。

渡すところから始めると、うまくいきません。受け取った人は、何をすればいいか分かりません。いきなり手渡して、暗いところで撮ってみてください、では、どこを押せばいいのかが分からない。不親切です。
順番があります。
まず、こちらがやって見せます。撮れたものを、そのまま見ていただく。ここでもう、何が起きるのかは伝わっています。
見せるものは、その人によって変えます。
ポートレート
連れの方を一枚。背景がやわらかくぼける。同じ席で撮ったとは思えない写真になります。
ズーム
離れた壁の小さな文字に寄る。肉眼で読めないものが、画面の中では読めます。
写真を直す
写り込んだ人を消す。暗く写った一枚を明るくする。撮ったあとにも、まだやれることがある。
録音を文字にする
話した声が、その場で文章になる。カメラに関心のない方に、いちばん効きます。
次に、操作をお伝えします。どこを押すか、どう構えるか、どこを見るか。十秒で足ります。代わりに押してしまうと、それは代行になります。指で示すところまでです。
そして、ご自分でやっていただく。ここで「え」と、声が出ます。手が口元に上がる。連れの方を見る。そしてもう一度、自分から撮ってみる。
ここまでで、一分もかかっていません。言葉で五分かけて説明することが、十秒で伝わります。理屈を挟まないぶん、速い。頭で理解する前に、手が分かっています。
なぜ良いのかの説明は、そのあとです。先に置くと、聞いているあいだ、その人はまだ何も見ていません。
驚きは、説得ではありません。こちらが押した結果ではなく、その人が自分の暮らしに置き換えた瞬間に、勝手に起きるものです。だから、押す必要がなくなります。
見せる、教える、やっていただく、説明する。この順です。
使い方をお伝えするのは、たいてい契約のあとです。初期設定と一緒に、最後にまとめて。
これを前に持ってくると、変わることがあります。
高い機種をためらう理由は、値段だけではありません。その機能を、自分が使いこなせるかどうか。ここが残っていると、決まりません。カタログで一番のカメラも、使えなければ、自分には無いのと同じです。
買う前に一度やってみて、できた人は、この不安を持ち帰りません。使える、と分かってから決められます。買ったあとの説明では、ここは取り除けません。すでに買っているからです。
そしてもう一つ。教わった人は、誰かに教えます。連れの方に、家族に、職場の人に。これ、こうやるんだよ、と。
教えたことは、教えた人のところで止まりません。その人はもう、店の外で価値を配っています。
順番を入れ替えるだけです。かかる時間は増えません。
画素数も、明るさの数値も、覚えていて損はありません。ただ、お客様が聞きたいのはそこではありません。
「で、実際どうなんですか」
これが、いちばん多く返ってくる問いです。ここに答えられるのは、カタログを読んだ人ではなく、自分で使った人だけです。
夜の店内で撮ったら、思ったより明るく写った。前の機種と比べて、ここが楽になった。逆に、ここは少し慣れが要る。こういう話は覚えられません。使っていなければ、出てきません。
だから、順番があります。研修より前に、まず自分たちが使い込む時間が要ります。実機を店に置いて、スタッフが自分の暮らしで使う。そこで出てきた言葉が、そのまま接客で使えるものになります。

お客様が信じるのは、詳しい人ではなく、使っている人です。
ここは誤解を招きやすいところなので、先に書いておきます。
価値を感じた人が、その分を払うと決める。それは商売として、普通のことです。払わせたのではなく、選ばれた。順番が違います。
分かれ目は、高いか安いかではありません。使われるかどうかです。
売った時点では、まだ価値になっていません。その人が使えるようになって、はじめて価値になります。だから、渡したあとを見ます。良い機能が眠ったままなら、意図がどうであれ、価値は渡っていません。高く売ったこと自体が、そのまま損になります。
測るところは、台数ではありません。台数は嘘をつきます。押し切っても上がるからです。使い続けられているか、解約されていないか。遅れて出ますが、実態はこちらに出ます。
感謝がリピートと紹介を生み、その接客を見た人が育ち、採用まで戻ってくる。別のページに書いた循環です。あれと、ここで扱っているものは違います。
評判の循環
回るのは、感謝と紹介と人。店の中で閉じます。紹介で人が採れているかどうかに出ます。
価値の循環
回るのは、端末の性能と、通信の使われ方。店の外に出て、メーカーとキャリアを通って戻ります。使われ方と解約率に出ます。
二つは、別々に回ります。感じが良くて、安いものだけを渡している店では、前者だけが回ります。強く勧めて、使われていない店では、後者が途中で止まります。
片方だけでも、しばらくは成り立ちます。両方が回っているときに、はじめて外側まで届きます。
いま多くの店で回っているのは、こちらです。悪意から始まるものではありません。目の前の人に応えようとした結果として始まります。
一周するたびに、価格以外で語れることが減ります。だから、また価格から始めることになる。
この回り方の厄介なところは、店だけで完結しないことです。使われない端末は、良い通信を必要としません。上位のプランが選ばれず、満足も薄いまま、乗り換えられていく。メーカーとキャリアの数字が落ちれば、店に返ってくる条件も締まります。そして現場は、さらに価格で戦うしかなくなる。
入口を変えるだけで、同じ一時間が別の回り方をします。
店に返ってくる条件が良くなり、体験に割ける時間が増えます。
見ておきたいのは、ここに登場する三者の向きです。お客様の暮らしが良くなること、メーカーの高い機種が選ばれること、キャリアの契約が続くこと。この三つは、対立していません。同じ一つの出来事を、それぞれの側から見ているだけです。
だから、この循環は誰かに我慢を強いる形になりません。無理が要らないから、続きます。

オンラインで買えてしまいます。機種を選んで、申し込んで、届く。手続きを済ませるだけなら、店に足を運んでいただく理由はありません。その範囲は、年々広がっていきます。
つまり、来ていただく理由は、手続きの外にしかないということです。理由になりうるものが、二つあります。
ひとつは、実機がここにあることです。今日、手に持てる。写真で見るのでも、他人が撮った作例を見るのでもなく、自分の手で、自分の連れを撮れます。動画も記事も、ここだけは代われません。
もうひとつは、隣に人がいることです。ここが効いてくるのは、スマートフォンが、なんでもできてしまうからです。
できることが多すぎると、自分に何が起きるのかは分かりません。機能の一覧は、誰のものでもない。要るのは、それをその人のストーリーに翻訳する役割です。
子どもの発表会を、体育館のいちばん後ろの席から撮ること。夜の食事の写真が、いつも暗くなること。離れて暮らす親と、月に一度話すこと。翻訳する材料は、話の中にしか落ちていません。一般的な良さを伝えるところまでは他の手段でも届きますが、ここから先は、目の前にいる人にしかできません。
今日触れる実機と、その人のために翻訳する人。この二つが同時に揃っている場所は、店頭のほかにほとんどありません。
店が手続きの場所であるかぎり、来ていただく理由は減り続けます。驚く場所になったとき、理由のほうが戻ってきます。
KREI EST
私たちが作るのは、驚きが先に来る一時間です。
値段の話は、そのあとに来ます。順序が違うだけで、必要なものは現場にすでにあります。実機も、一時間も、知識を持った人も。
この進め方を、体験接客と呼んでいます。説明して分かっていただくのではなく、体験していただいて、体で分かっていただく。順序を変えるだけで、同じ一時間が別のものになります。
足りないのは、どの順で何を見せるかの型だけです。人が決めるまでを六つの段階に分け、段階ごとに、何を見せて何を聞くかを決めて反復します。感覚のある人だけができていたことを、店の全員ができる形にします。